STORY / 01
始まりは電動スラスターの受注だった
2021年6月、「りゅうと」と名付けられた貨物船が就航した。山口県内の大手総合化学工業メーカーが扱う液体苛性ソーダの輸送を目的に建造され、後に「シップ・オブ・ザ・イヤー2021小型貨物船部門賞」を受賞するケミカル運搬船である。「船員不足に悩む内航船業界にあって、荷役や離着岸操船のデジタル化を進めて船員の負担軽減を図った」ことが評価され同賞に輝いたのだった。
この「りゅうと」の特徴の一つが離着桟支援システムが搭載されたこと。離着桟の際に船を横方向に動かす船首船尾スラスターのほか、デジタル電動ウインチや船陸間距離センサーを備え、遠隔集中操作統合パネル「ミライパネル」によるジョイスティック操船を行えるようにすることで船員の負担を削減したのである。
この「りゅうと」の建造にあたり、内航ミライ研究会の会員社から「スラスターを電動化したいのだが」と引き合いを受けたのが当時まだ研究会に所属していなかった当社で、当社にとっては一般的な受注の一つとして引き受けたものだった。
STORY / 02
蓄電システムの開発は
サイズを決めることから
2022年7月、内航ミライ研究会は「SIM(Ships Integration Manager)事業」をスタートさせ、コンセプトシップ「SIM-SHIP」初号機の建造を発表した。運航時の省エネのほか停泊・荷役・離着桟時のCO2削減、IoT技術などを使った陸上からの支援による運航管理や荷役をはじめとした船員の負担軽減をめざす次世代型貨物船の建造プロジェクトである。
このプロジェクトの一環としてコンテナ型蓄電システムの開発が計画され、再び中国電機サービス社に白羽の矢が立てられることになったのである。「りゅうと」での実績が認められたということだろう。
「最初は『船の電力を蓄電池でまかないたい』『既存の船舶でも使えるようにコンテナにバッテリーを積みたい』というコンセプトがあるだけでした。蓄電池の容量もコンテナのサイズも全くの白紙で、それらを協議しながら詰めていくことから始まりました」と田中は言う。
容量は大きいに越したことはない。しかし、サイズやコストの問題などもあり、理想と現実の折り合いをどうつけるかが調整のポイントだった。
貨物船は航行中であればメインエンジンを動かしているのでそのエネルギーをもとに発電ができるようになっている。一方、港に停泊しているときは陸上から電力を供給する陸電システムを使うか、それがなければ補助エンジンを使って発電しなければならない。エンジンを動かすかぎり燃料の消費を減らせないばかりか、船内で寝泊まりする船員にとっても振動の原因になるし、周辺の騒音につながってしまうおそれもある。そうした問題を解決する手段の一つとしてコンテナ型蓄電システムが発案されたのだが、最初からはっきりした輪郭が見えていたわけではなかった。
STORY / 03
田中・工藤の2名体制で進めた設計
研究会との窓口になり要件定義などを固めながら基本設計を進めていた田中だったが、そのとき気になっている社員がいた。入社してまもない工藤である。前職時代の経験や知識を活かしながらさまざまな仕事にチャレンジしている工藤の姿を見て、「工藤なら任せられる」と直感したのだ。まだまだ不得意な部分もあるのは承知の上で声をかけ、田中が技術的にフォローしながら工藤が詳細図などを書いていくという2名体制がスタートした。
12フィートコンテナという限られたスペースの中に蓄電池と制御装置をどう配置するか。また、蓄電池のメーカーによっても制御方法は異なるほか、実際に電流を交流から直流に変えたり直流から交流に戻したりするドライブユニットもこれまで使ったことがない初めての海外製品だったため、プログラムをどう組めばドライブの性能を引き出せるのか。あるいは充電や放電を行う際に蓄電池の寿命を短くしないように電圧を調整する必要もあり、その手順が間違いなく行えるかなど、田中と工藤は何度もミーティングを重ねながら2ヶ月ほどかけて図面をブラッシュアップさせていった。
STORY / 04
実際の蓄電池を使った設定や調整で
思わぬハプニング
開発の苦労としてさらに挙げられるのが、実際のコンテナ型蓄電システムが愛媛県今治市にあるということだった。回路図などを書いて安全性の面でも効率性の面でも理論上は問題ないようにし、社内で何度となく検証してきたものの、特に蓄電池から電気を外に出す放電フローだけは現物がなければ実際の挙動がわからないからである。だからこそ、田中と工藤が今治まで出向いて蓄電池を使った検証を行った2週間は、普段とは違う緊張感があった。
「プログラム自体に不安があったわけじゃないんです。ただ、実際に蓄電池とつなげたり船側の配線に電気を通したりするのは初めてですし、万が一電気が流れる順番が1ヶ所でも違えばシステムが文字どおり破裂してしまうかもしれません。なので、あえて途中の回路を遮断して、まずはここまで通電し、大丈夫だったら次はここまでというふうに慎重に作業を進めました」
「蓄電池がフル充電されているときとほとんど充電がないときで電圧も変わるので、いろいろなパターンで検証をするんですが、充電するのも放電するのも時間がかかります。それに加えてドライブユニットの不具合もあって、その原因がわかるまでにも時間がかかりました」
すべての検査が終わってから2週間、船体に「國喜68」という名前が輝く「SIM-SHIP」初号機のお披露目イベントが今治市で開催された。そこにはステージ上で蓄電システムの開発について説明する工藤の姿と、それを誇らしげに見守る花本社長の姿があった。
「セレモニーが終わり、出港していく國喜68を見送るときに安堵というのか肩の荷が下りたというか、とりあえず手が離れたなという気持ちがありました」そう話す工藤は、田中が別の仕事の関係でイベントに参加できなかったことだけが残念だった。